道教

/ 情報誌『デス・ウオッチング』88.3より


 

   仏数の影響のある死後世界


 最近は中国の解放政策も進み、今まで迷信として禁止されてきた道教も認められるよ うになってきた。それまでは家の中で秘かに信仰していた民衆も、公然と道教の寺院に 詣でるようになった。古代中国では、死者は黄泉あるいは泰山に行って安眠すると信じ られていたが、仏教が伝わると、地獄の説が取り入れられるようになり、そこは陰惨な 刑罰が繰り返される牢獄となった。同時に中国の警察・裁判組織を反映し極めて官僚的 な冥府に変化した。 人が死ぬとその魂は冥界の知事に、農村であれば土地廟に留置さ れ、そこで拷問を受けたあと、泰山等の中央の冥府に送られる。
 

   地獄の沙汰も金次第


 遺族は廟に行き、神を拝み、神の銭を焼く。また、冥途は冥途路引という一種のパス ポートが必要なため、それも焼いて送った。冥途にも貧富の差があり、貧者にとっては 生活難で、飢えや寒さに苦しむという。ものを焼くと、冥途で実用になるため、遺族は 紙銭を焼いて、死者が金に困って難儀をしないように援助するのである。
 49日の判決の日まで、死者の判決が有利に運ぶように、追善供養を行い、さらに、生 前のうちに、生前の借りを返し、死後使える金をためておくため、読経あるいは紙銭を、 寺に寄進する受生寄庫も行われていた。
 

   生前の行為を映す鏡


 死者が冥途に行くと裁判を受ける。善悪の秤に掛けられるのである。死者の生前の行 為を記録した帳簿を一方に乗せ、善と悪の牌をもう一方に乗せてその重さで、罪を計る のである。中国では日常の善悪の行為を記録し、その人の成績を評定する「功過格」と いうものがある。また冥途には、業という巨大な鏡がある。死者が虚偽の申し立てをし ようとも、死者の生前の行為があからさまに映し出されるのである。
 

   地獄を逃れる3つの法


 審判を受けると24の獄の1つに送られる。そこには針山・血の池・抜舌・毒蛇・鋸解・呑火食炭・寒水などありとあらゆる責め苦が待ち受けている。この地獄の刑罰を逃れる には、1つには『度人経』等の経を読む。2つには、官吏も人間なので、もし官吏に知 り合いがいれば、その者に取り入る。3つには官吏に紙銭の賄賂を送る約束をするので ある。受刑を通過すると、罪福の程度に応じて、受生が決定され、天国・人間・餓鬼・畜 生の世界に送られる。道教の死後の世界は、とても人間くさい世界であり、生きている ときはゆうに及ばず、死んでからも、金と役人の苦労はたえなかったのである。道教は 民衆の不幸や迷いを解決する現世利益的な宗教である。従って、不幸や迷いがあるかぎ り根強く民衆のなかに生きていくであろう。道教のもう1つの面に、不老不死の仙人に なる修行体系がある。最近中国で流行し始めた「気功」はもともとこの行法の1つあっ た。(吉野)



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