香港
/ 情報誌『デス・ウオッチング』91.8より
香港のビクトリア・ハーバーでは、昔ながらのジャンク(小型帆船)が、映画や観光
雑誌のなかでエキゾチックな景観を提供してくれている。しかしその実態や生活様式は
意外と知られていない。船に住む「蜑民(たんみん)」は中国語を話し、漁業に従事して
いるのはそのうちの約六割と言われている。ジャンクの中は、右側が神聖、左側が不浄
で、そのため神棚は右に祭り、トイレは左についている。死者が出ると、死の汚れを恐
れて、遺体を別の小舟に移すか、左舷に移すという。しかし高齢者の場合には敬意を表
して、右に寄せるという。
水上の葬制
人が死ぬとまず大きな船に遺体を移し、船の周囲を幕でおおって、船首側面に白い提
灯を提灯を掲げる。遺体は納棺するが、貧乏な者、老人会に加入していなかった者はむ
しろに包むだけである。家族は喪服を着ないが、そのかわり女性は白い布で頭を包んだ
り、腰に白い布を巻く。男性は白の帽子を被る。そして家族、親族は線香、ロウソクを
供え、紙で出来た貨幣や、紙で作った衣服、帽子、靴、車、船などを燒く。
故人が死後の国に必要なものを、焼いて、送り届けるという風習は、道教に普通に見
られるものである。又金持ちは、道士や僧侶にたのんで、船の上から祈祷してもらう。道
士は祝事の場合には、赤、凶事には黄色の道衣を着ている。
漁の途中で死者がでた場合には、ただちに仕事をやめて、根拠地へ戻り埋葬するのが
普通である。水葬は行なわれず、遺体は必ず埋葬する。さて遺体は夜に陸上から道士(ナ
ムロウ)を4、5人呼んできて、死者があの世へ行く道を開く儀式(倒頭齋)を行ない、
2日目には墓地に埋葬するのである。以前は貧しい者は3日、裕福な者は21日後に埋葬
した。
さて1周忌(初7日の意味)、3周忌(37日の意味)、7周忌(77日の意味)に追悼の
祀りがあるが、3周忌には「拝神婆」という巫の口をかりて、死者との対話が行なわれ
る。この拝神婆は口よせする女性で、死者に「友達はできたか」とか、死者に必要なも
のを尋ねる。もしお金がほしいと言えば、紙の紙幣が焼かれ死者の元に送り届けられる。
このように七日ごとにお祭りが行なわれるのは、地上と同じである。こうして死後祖霊
となった死者は、子孫に語りかけ、遺族も又毎月1日、15日にお祭りをして、祖先から
の加護にあずかっているのである。
洗骨葬の意義
洗骨は、遺体が腐食したあとに、残された遺骨を取り出して洗う風習で、死者の霊が
始めて安定した状態に入ると考えられ、沖縄、台湾などにもみられる葬法である。従っ
て遺体をまず仮埋葬し、何年かしてから骨を集めて瓶に納め、次の墓地に本埋葬するの
である。香港では公共墓地の年限が五年であり、五年過ぎると遺族は洗骨をして、墓地
を返却する。もちろん実際に洗骨を行なうのはプロの役目で、遺族はただ監督するだけ
である。この洗骨を行なう人を統括しているのは、棺つくりと葬儀社である。
洗骨に先立つ祀りは、線香、ローソク、花を捧げ、呪符や紅銭を焼いて礼拝する。爆
竹を鳴らして周囲の邪気を払い、棺の蓋を開けて遺骨が集められる。集められた遺骨は、
いったん殯儀館(葬儀社)の晒骨場に移され、露天で清める。そして清められた骨は「金
塔」という陶器の壷に納められる。
納骨の方法はは、壷の中に膝を立て、手を折って腰をおろしてうずくまった姿勢に骨
を積み上げるのである。発掘から納骨まで約半日かかり、そのあと納骨した金塔を埋葬
するのである。
納骨した金塔を埋葬する場所は、山墳とよばれ、馬蹄形のコンクリート、ないし石造
墓が正式なものである。この山墳の築造にかなりの経費がかかるため、多くは地上に置
くだけで、特別の施設や区画を持たないことが多い。いずれにしろ、祖先の金塔が中央
に据えられ、その左右に子孫の金塔が置かれるのである。 (資料可児弘明著『香港
の水上居民』岩波新書より)
Copyright SEKISE Co.,Ltd.