ポーランド
/ 情報誌『デス・ウオッチング』91.5より
ソ連とドイツに挾まれたポーランドは、人口の95%がカトリックの国である。毎年11
月1日の諸聖人の祝日は、死と死者の為の季節で、この翌日の「万霊節」の夜には、死者
たちが以前住んでいた家に帰ってくると信じられている。万霊節の真夜中になると、教
会の祭壇に死者たちが膝まずき、祈りのあと家に帰って行く。そのため家では窓や扉を
開き、死者が帰るのを待っている。また春の復活祭は死ぬのによい日とされている。な
ぜならこの日は全ての墓の扉が開かれて、このときに死んだ人は、平和でやすらかに横
たわることが出来るからである。
ポーランド人は「死」を背の高い、色の白いやせた女性で象徴しており、決して悪者
で表現することはない。彼女は神の善意にみちた召使いで、神の命に従って行動してい
るのである。彼女が近づくと、犬はそれを察知して吠えるが、からすやフクロウは彼女
の仲間として振る舞う。
人々は死を「死後の世界」への入り口と考え、年寄は死を冷静に受けとめている。老
人達は死の準備に心掛けており、遺産を譲る相手や葬儀に着るときの衣装について、前
もって話し合う。しかし暴力や事故などで突然に死ぬことを、「悪魔と神が対決している」
と考え大変に恐れている。その証拠に、ポーランドでは最高の悪口は、「お前なんか、突
然死ね」という。
死の儀式
人が死ぬと、神父が終油の秘蹟を行なうために呼ばれる。その間死者の死装束を準備
し、ろうそくと祈りの本を用意する。部屋はきちんと片付けられ、終油の秘蹟の間、家
族はベッドの横に膝まずいて一緒に祈る。
悪いことをした魂、特に悪魔に売り渡した魂は肉体を去ることを大変に嫌がる。そこ
で悪魔は巧みにそそのかして、肉体から魂を追い出すのである。しかし一旦魂が肉体を
放棄しても、葬儀の鐘が鳴るとか、葬列が墓地に向かうとか、神父が「死者のための祈
り」を唱えるまでは肉体の近くに漂い続けるという。棺を運んでいる人たちが、突然棺
が重く感じると、魂は天国に帰った印だという。魂が抜けると遺体が重く感じるという
発想が面白い。
農民の間では、死が訪れると用心のため扉や窓を明け、通り抜けやすくする。時には
魂が抜け出られるように、屋根の一部を外すこともあったらしい。彼らは魂をイメージ
することは難しいが、人の口から出る息や、あるいはもっとそれの濃密な霧のような、又
は幽霊のようなものを想像している。生きている間魂は、心臓の近くのどこかに住まっ
ており、離れた魂は滅多に見ることはないが、その声を聞くことがあるという。
死のあとに
死が訪れると、これをまず家畜や蜜蜂に知らされる。それは新しい主人が、動物に古
い主人の死を知らせる儀式でもある。近所に死が伝わると、人々は死者の家に集団で哀
悼に訪れる。喪家には目印に弔旗が飾られ、あるいは天地逆さまになったワゴンが入り
口近くに象徴的に置かれることもある。あとには、棺を作った削り屑を目印として置く
こともある。遺体には、あの世に行っても恥ずかしくないように立派な服が着せられる。
古着を着ると遺体は吸血鬼となるという。ポーランド西部では靴を履かせる。これは長
い旅に草鞋を履かせる日本と共通のものがある。他の風習に足、足の親指あるいは手の
親指を一緒に縛り付けるというものがある。
ポーランド人は死者を死の瞬間から葬儀の終わりまで、目覚めさせておくための努力
をしている。その動機は2つあって、1つは死者を悪い霊から守るためである。もう1
つには生者から守るためである。夜になると人々が集まって夜を徹しての通夜を行なう。
この風習は現在ではすたれてきているが。その夜には悪霊の防止に歌が歌われる。
都市では人が病院で死亡したあと、遺体は自宅に運ばれる。通夜は死後2日目に行なわ
れ、遺体は棺の中に納められ、棺の蓋は開けられたままである。花輪は家の外に飾られ、
死者が出たことを示す。そして3日目に葬儀が行なわれ、墓地への葬列には、車か徒歩で
行なわれる。墓碑名には「私の最愛の主人(又は父、母)が、主の栄光につつまれてこ
こに眠る。氏名、生年、死亡年。マリアに栄光あれ」が一般的である。
(資料:ラマーズ著「世界の葬儀風俗」)
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