エドワード七世
/ 情報誌『デス・ウオッチング』92.10より
1910年(明治43)5月6日、英国王エドワード七世が68歳で逝去された。このときた
またま、ロンドンに滞在中であった評論家の長谷川如是門氏が、葬儀の様子をつぶさに
記録しているので紹介したい。
霊柩安置式から葬儀に
エドワード陛下の柩は、3日間市民の最後の告別を受けるために、バッキンガム宮殿か
らウエストミンスター・ホールの広庭に移される。この霊柩安置式は大喪に先だって行
なわれる古式で、沿道はバッキンガム宮殿からウエストミンスター・ホールに至るまで、
両側各2列の兵士と1列の警官により三重に警戒された。通りに面した商店では、ナショ
ナル・モーンニング(国葬)と書かれた黒枠つきの紙が貼られ、男子のネクタイも職業
を問わず黒か紫に代えられた。
さて葬儀2、3日前になると、行列通過の沿道では、家々のことごとくが家の前に1間
ほどの高さに板囲いをして、店の入り口を塞ぎ、これを黄色に塗り、出入りは外から見
えぬような開き戸をつけた。この板囲いは葬儀通過に敬意を表すとともに、その上に階
段を作り、葬儀拝観の桟敷となるのである。そしてこの席を市民に売りだすのである。新
聞には、「葬儀拝観席、最上等の位置、1人3ギニー」等々と広告が掲載された。
華やかな葬送
5月20日、葬儀行なわれる。朝の9時10分、皇帝以下各国皇室の参列者は、バッキン
ガム宮殿を出、ウエストミンスター・ホールに行き、9時0分にホールを出て、パッディ
ントン停車場に向かい、11時50分に大喪列車でウィンゾルに向かうという順序である。
「午前10時、ウエストミンスターに出る手前のホワイトホールのアーチのなかから行列の先頭が現われる。…先頭は英国の水兵で、次に外国武官の一隊が来る。純白の軍服に
金色の兜を被ったドイツ武官は最も目立つ。これについでオーストリア、ロシア、スペ
イン、スイス等の海陸軍兵が銃の台尻を前に差し出して銃身を左の脇の下から後に下げ
て、右の手を後に下げながら行く。共に日本の持ち方とはすこぶるおもむきを異にして
いる。」
次は英国陸軍総指令部の将官連、海軍将官と続き、更に海陸軍の楽隊が葬送行進曲を
奏しながら進む。続いて葬儀総裁であるノーフォーク公が、純白に金の縫い取りのある
鞍を置いた馬に乗って進む。いよいよ霊柩が近づくと、群衆は一種の動揺を感じ、やが
て静粛に返る。
「参列者がアーチの方に向き直ると、皇帝の柩は霊柩安置式の姿をそのままに、王旗におおわれ金冠を戴き、8頭の馬に引かれて徐々にアーチを出る。数万の群衆は静まり返っ
てしわぶきの声もない。金甲羽帽はひとしく挙手の禮をする。シルクハットはことごと
く胸のあたりに捧げられる。…棺に続いて先帝の乗馬キルデァーがひかれていく。その
すぐあとからシーザーという先帝の愛犬がハイランダーにひかれてとぼとぼ歩いていく。」
重げにたなびく皇帝旗に続いて、新帝ジョージ五世は陸軍大将の軍装でゆるやかに馬
を進められつつ、拝観者の敬禮に対し目礼を返される。その右にはドイツ皇帝陛下が、英
国に対し敬意を表している為か、英国陸軍大将の軍服を着して、無数の勲章を胸間にひ
らめかす。英皇の左には先帝の弟のコンノート親王殿下あり、この二陛下一殿下の1列を
しばらく隔てて、お付きの宮内官数名が扈従する。さてその次にヨーロッパ各国の帝王
が一団となって馬を進める。
皇帝達の行進
まずノルウェー、ギリシャ、スペインの三王が最初の列にある。次にブルガリア、デ
ンマーク、ポルトガルの三王、次にベルギー王を中に、トルコ、オーストリア両皇族の
1列が進み、日本から来た伏見宮殿下にはお付き武官一名を従えさせてこれに続いた。そ
の左にロシア太公殿下があった。ババリア、スパルタ、ルーマニア、オランダ、シャム
の各皇族その他、ドイツ連邦の各公侯がこれに続く。
皇帝の一団が進むと次ぎは馬車の行列になる。第1の馬車には、皇太后アレキサンドラ
陛下がロシア国マリー皇后陛下と並んで、皇女ローヤル及びビクトリア両陛下と相向かっ
て座している。第2の車は皇后マリー陛下諸威皇后陛下と席を分かち、皇太子殿下及び皇
女マリー殿下と向かい合わせになって同乗。第3から6までは各国王女が同乗され、第7
番目の馬車には、清国殿下と2名の清国武官及び英国の接待武官とが同乗。8番目は皇族
団におけるカイゼルと、米大統領ローズヴェルトが馬車の窓から四方を見渡している。同
乗はフランスのビジョン氏とペルシャのサナド汗、モンタツオス・サルタネ氏。9番から
12番までが宮内官及び女官を乗せた馬車で終わる。最後には警察官及び消防隊で全部の
行列が通過した。
(資料/「長谷川如是門全集八巻」学芸社)
Copyright SEKISE Co.,Ltd.