パルメ首相

/ 情報誌『デス・ウオッチング』92.11より


 
 昭和61年2月末テロの凶弾に倒れ非業の最期をとげた故パルメ・スウェーデン首相 (59)の葬儀が3月15日午後2時、ストックホルムの市庁舎で行なわれた。パルメ氏は2 月28日、夜11時半頃、映画観賞の帰り道、ストックホルムの中心街で、何者かに至近距 離から狙撃され、約1時間40分後に病院で絶命した。同行していたリスベット夫人も軽 傷を負ったのである。
 

   市庁舎での葬儀は無宗教式

 葬儀の日のストックホルムは霧がたちこめ、気温は零度。市庁舎「ブルーホール」で の葬儀は、社会民主労働党に一身を捧げた故首相の意向をくみ、国葬ではなく党葬で行 なわれた。「ブルーホール」はノーベル賞の受賞パーティで、故首相も出席した場所であ る。会場正面の壁には、様々な言語で「平和と自由」の言葉が書かれた白い垂れ幕が下 げられ、その前に故パルメ首相の質素な白い柩が安置され、棺には赤いバラの花で埋め 尽されている。
 会場にはカール16世グスタフ国王やリスベット故首相夫人らの遺族の他、ガンジー・ インド首相、ミッテラン・フランス大統領、日本からは福田元首相ら1500人が参列した。 リスベット未亡人は3人の息子に囲まれ、最前列で夫の冥福を祈った。
 午後2時、全国の教会が一斉に弔鐘を打ち鳴らすなか、式は全国248の自治体から選ば れた、白衣の児童合唱団のコーラスで始まった。「我等は友情の手を差し伸べる。この広 い世界のすべての友に…」これに続いて、パルメ氏がファンだったスウェーデンのジャ ズバンド、アーナ・ドムネロス楽団が「地上に栄光あれ」の曲を演奏した。
 その後、カールソン・スウェーデン新首相が柩の前にしつらえた壇上で「おぞましい 暗殺ー我々は怒と悲しみの中にある。故人はまだ活力と情熱に満ち、なくてはならない 人だった」と弔辞を朗読。続いてデクエヤル国連事務総長、ガンジー首相、ブラント元 首相らが、世界平和に貢献した故人の業績をたたえ、哀悼の意を表明した。
 弔辞の合間にはパルメ氏の友人の女性歌手アリヤ・サイヨンマーさんらが歌った。「葬儀というより、パルメ氏の偉大さを賛えるミュージカルのようである」という感想も飛び出した。
 故人の遺志で宗教色抜きで進められた葬儀は午後4時10分、パルメ氏の棺はスウェー デン国旗、国連旗を中央に、右にスウェーデン労組連合、左にスウェーデン社民党旗を 掲げ持つ散人の旗手と、棺に従う284人の旗手に守られて市庁舎を離れた。約2時間で終 了。アドルフ・フレドリック教会への葬列に移った。約1千人の葬儀参列者は全員が与党 社会民主労働党のシンボルである赤いバラを手にしていた。
 葬列はストックホルム市の中心街の3.2キロを1時間かけて進んだ。北欧独特のどんよ りした雲り空の下、ハムンガータン通りなど沿道では、市民数10万人が故首相を見送っ た。土曜日のストックホルムはふだんなら買い物客でにぎわうが、この日は葬儀の間人 影が絶え、国民はテレビで実況中継される葬儀の模様を見守り、故人に哀悼の意を表し た。

   教会での埋葬

 柩は葬儀のあと、市内の教会敷地内の墓地に簡単な儀式のあと埋葬され、世界152ケ国 の代表と数10万人の市民が最後の別れを告げた。教会は暗殺現場からわずか200メート ルの所にあり、現場ではこの日もバラの花を捧げ、涙を流す市民の姿が見られた。



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