青森歩兵第五連隊
発見死体の惨状
2月4日の新聞に、遺体のありさまについて記録している。「前後70余名発見された死 体の多くは、雪中を彷徨したために靴のかかとは破れ、眼は閉ざされてなく生きている ようである。外套は凍って板のようになっている。わら靴は石のように固くなって、な たがなければ外すことが出来ない。しかも死体はことごとく青森の方を向いて、いずれ も仰向けに、又は立ったままで、帽子は飛んで見えず、顔は赤く腫れあがって一見して 苦悶のすごさを察して余りある」
遺族への特別賜金
4月25日皇后陛下が手足截断の生存者に義足義手を下賜された。また両陛下より遭難 死亡将校以下の遺族に対して、祭祀料が下賜された。この祭祀料は少佐75円、大尉50円、 中尉35円、少尉25円、兵卒5円であった。また死者に対する一時金は、少佐1500円、大 尉1000円、中尉750円、兵卒250円と定められた。また遭難者は戦死者と同じように、靖 国神社に合祀されることになった。なお遭難事件以来全国から遺族に対して弔慰金や見 舞金が送られ、6月末までにその総額は21万円となった。
遭難現場での弔魂祭
7月23日午前9時より田茂木野において、立見第八師団長が祭主となって、第五連隊
凍死者の弔魂祭が行われた。式次第は師団長が祭文を朗読し、次に伏見宮殿下御名代塚
田少佐、大山参謀長代理友安第四旅団長、津川委員長らが玉串奉奠を行った。ついで宮
城県知事、岩手県知事、その他来賓による弔辞が奉読された。そして歩兵第五連隊等よ
り将校、水兵、学校生徒、一般参列者が順次参拝を行った。その数は5万人以上といわれ
る。
祭式のあと、午後には仏式で法要が行われた。各宗派の管長代理以下、僧侶約160
名が集まり焼香、読経を行った。
遭難者の墓地
五連隊の遭難者墓地は幸畑にある。正面に大隊長の碑が聳え、左右に将校、大尉と階
級順に並べられている。
(資料/新田次郎『八甲田山死の彷徨』新潮社他)